【邦訳】女性への暴力を防ぐためにあなたができること

この記事は以下の記事の内容を著者の許可を得て邦訳したものであり、内容についての責任はすべて sho.otani(at)gmail.com が持ちます。内容の間違いや誤訳、よりよい訳の提案などがあれば連絡ください

WHAT YOU CAN DO TO PREVENT VIOLENCE AGAINST WOMEN

https://www.marshall.edu/womenstu/stop-abuse/what-you-can-do-to-prevent-violence-against-women/

男性も女性も暴力の犠牲者になる可能性がありますが、その中でも「女性に対する暴力」(男性の手による場合が多い)は過去から現在まで続く男女間の権力の不均衡に支えられた特筆すべき暴力のカテゴリです。

女性に対する暴力は、世界における男性の権力と女性の服従につながる重要な原因です。そして、私たちのうちほとんどすべての人間は、なんらかの形で女性に対する暴力を強化する文化に加担しています。それはささいな形(辛い状況の友だちに対して「男らしくしろ」と言ったり)から深刻な形(女性に対する直接的な暴力やレイプなど)まで様々な形態をとります。

ここではこの状況を終わらすため(少なくとも改善するため)にあなたが日々できる大小様々な行動のリストです。

すべての人へ

  • 女性に対する暴力に関して、どんな事実があるのか、どれほど蔓延しているのかを学ぶ
  • 被害者を信じる
  • 地域の議員や行政に対して、女性に対する暴力の加害者に対する法律の強化を要請する
  • 女性で3人に1人男性で6人に1人が、18歳までにデートにおける暴力や性的暴行を経験していると言う事実を知る
  • 地域の教育委員会に学校におけるセクシャルハラスメントが発生していないかを確認する
  • あらゆる暴力に対して反対の声をあげる
  • ジェンダーロールや性別に関する憶測に疑問を持つ
  • 多様性を尊重し受け入れる
  • 子どもを含め、すべての人の断る権利を尊重する
  • パートナーが反対意見を持ったり自身の意見を持つ事を尊重する
  • 被害者を非難せず、レイプは決して被害者の責任ではないことを強調する
  • すべての人が平等であるための努力をする
  • 男性を貶めるために「女性のような」という言葉を使うのはすべての人を気づける事だと認識する
  • メディアによる暴力表現に対して反対の声をあげる
  • 人種差別、性差別、同性愛嫌悪がどのように関係しているかを学ぶ
  • これら(女性に対する暴力)が自分のコミュニティで発生している事を認識する
  • 権力と支配について学ぶ
  • Take Back the Night に参加する
  • 肉体的、性的な接触をするときに許可を取る
  • 性的暴力は権力と支配の問題であることを認識する
  • 子どもに対して、人間関係において「尊重」が必須である事を教え、態度で示す
  • 被害者の権利を尊重する
  • 神父、ラビ、牧師、聖職者、精神的指導者に、被害者の安全と加害者の責任に関する理解を促進するための特別なイベントを行うよう依頼する
  • セクシャルハラスメントを見聞きした時は声を上げ、関与したり助長しないようにする
  • 子どもに対して、暴力はなにも解決しない事を教える
  • 性的暴力の加害者は無関係の人のことは少なく、86%が被害者の知人である事を知る
  • セックスをするために脅迫したり強制したり圧力をかけることはしない
  • 声を上げられない人、尊厳を奪われた人のために声をあげる事を恐れない
  • 女性や女児に対して容姿や外見以外を褒める
  • 人種差別、性差別、同性愛嫌悪を扱った冗談に対して反対の声をあげる
  • 若者の暴力を防止するプログラムを推進する
  • 性的暴力に反対する声をあげる仲間を見つける
  • 相手に断られたら性的な誘いをやめる。他の人にもそうする事を勧める
  • 性的暴力や女性のモノ扱いを賛美する音楽を買わない
  • 地元のラジオ局に、暴力的な歌詞を含む音楽を流すのを止めるようにリクエストする
  • 暴力や虐待に対して声をあげる人を称賛する
  • HAVEN からスピーカーを招き、学校や職場、コミュニティで話してもらう
  • 暴力行為を行わない事、容認しない事を宣言する
  • 酔っ払った人を利用したり、している人を容認する事を止める
  • 積極的な傍観者 になる事を決め、必要に応じて声を上げたり助けを求める
  • 被害者が生き延びるために選択したことを尊重する
  • 地元の学校・大学が予防教育を行うように働きかける
  • 共感する
  • あらゆる種類の抑圧をなくすよう行動する
  • グローバルに考え、ローカルに行動する
  • 加害者がパートナーを軽視することを見聞きした時、その責任を追求する
  • 女性に対する暴力に関する話し合いにみんなを巻き込む
  • 人間関係における健全な境界線について学び、自分の気持ちを声を出して伝える
  • 誰かが自分の境界を侵した時に気づく
  • 職場や学校でセクシャルハラスメントを目撃したら報告する
  • トイレや休憩室に意識向上の資料を掲示し、気軽にプライバシーが守られた状態でアクセスできるようにする
  • 思いやりや繊細さなど、男性らしさのあらゆる面を尊重する

男性へ

  • 身近な女性について話すときは、敬意を持って慎重に言葉を選ぶ
  • 強さを他人を傷つける事に使っている男性に声を上げ、それこそが強さだと示す
  • テレビや映画、音楽、その他の人たちに男らしさを決めつけられないようにする
  • 良い男であるためには、虐待や強姦をしないだけでは不十分であることを理解する
  • すべての女性や少女に敬意を持って接する
  • セックスワーカーやストリップクラブにお金を落とさない
  • パートナーがなにを望んでいるかを思い込まずに、聞くようにする
  • Men Can Stop Rape 運動に参加する
  • パートナーに対して強要したりコントロールすることで自分の思い通りにしようとせず、率先して歩み寄る

この記事について

2021年7月、小田急線の車内で女性をターゲットにした殺人未遂事件が発生しました。このセンセーショナルな事件はフェミサイドという言葉と共にネット上でのトレンドになりました

この事件に関してふたつ悲しいことがあります ひとつは事件がネットニュースのトレンドの波に流されてしまったこと、そしてもうひとつはさまざまな立場の人から「こうするべきではない、こうあるべきではない」という禁止の言葉があふれ、その議論のたどり着く先が分断にしか見えなかったこと

この記事は Twitter のタイムラインに流れてきた 竹田ダニエル さんがシェアした記事の邦訳です

ここに書いてあることは「できること」であって「やらなければならない」ことではありません。実際にぼく自身がこのリストのすべてを実行できるとも思いません。でも、女性への暴力が世界からなくたって欲しいという想いがあるのであれば、心に留め置いて自分の行動を少しでも変えれば少しだけでも素敵な世界になると思いませんか?

声を上げることは大切です。そしてそれは、その声が行動を変えるから意味があると思うのです。何をしてはダメなのかではなくて、何をすれば良いのかを知りたかった。同じような気持ちを持った人たちにこの記事が届きますように

フロントエンドエンジニアとしてフリーランスになって半年の振り返り

昨年の10月頃にフリーランスになって半年ちょい経過したので近況報告をかねて振り返り

最初はしばらく無収入で遊んで暮らそうかなぁとも思っていたんですが、幸いにも良いご縁をいただいて結局バリバリお仕事させていただいております

株式会社 iCAREさん

企業の健康経営をITで実現するヘルステックベンチャー

サービス自体はモノリシックな Rails アプリケーションですが、 GraphQL を全面的に採用して、フロントエンドは Vue2 + Composition API を使った中々モダンな構成になっています

こちらではアドバイザーという立ち位置で、開発環境の整備やメンバーの技術力向上なんかの足回りに携わらせていただいています

Webpacker 剥がし

最初に声かけてもらったきっかけがこれなんですが、ヘイトが溜まりに溜まっていた Webpacker を剥がして pure な webpack に移行するというお仕事

数十人レベルのエンジニアが継続開発しているプロダクトでこれやるの、結構難しかったんですがいろんな人の協力をいただいてようやく5月に完遂。 無駄な Rails の知識も増えました

これについては詳しい手順含めてイベントでお話しする予定です

DevOps的なお仕事

CI 周りのお困りごとを解決したり、GitHub Actions の導入したり、ビルド時間の改善をしたり、謎のエラーの対応したり、なんならインフラ+フロントエンド起因のトラブル対応したりしてました

iCARE にはつよつよインフラエンジニアの uro3 さんが居るのでいろいろお願いしながら仕組み化していってる最中です。webpacker が剥がれたこともあり、 ECR 使ったりとか色々やれることが増えました

メンター的なお仕事

これまではマネジメントの一環としてのコーチングとかメンタリングはやっていたんですが、 iCARE さんでは純粋にメンバーのスキルアップにフォーカスしてサポートさせてもらっています。自主的に開催されている勉強会に参加してコメントしたりとか、メンバーから疑問や困ったことがあれば調査してフィードバックしたりとか。また、フロントエンドメンバー間ではペアプロも活発でチーム横断でいろんなメンバー同士でのナレッジ共有ができています

ちょっと無責任かもしれないですが、事業コミットとは切り離された状態で純粋にスキルや仕事の仕方を継承するみたいなのは中々できる機会がないのでやりがい持ってやらせてもらっています

デザインシステム・ドキュメンテーション・アーキテクト

ちょうどメンバーが増えていて( 4〜5人が半年で 10人に!)、コードの標準化やら意思疎通やら業務効率あたりの問題になってくるタイミングだったためドキュメンテーションにもコストをかけました

デザインシステムについてはアウトプットとして形のしっかりしたドキュメントを作るというよりも、フロントエンドとデザインの橋渡しとして、まずはカラーコードやフォントなんかをデザイントークンとして変数化(その過程で body にかけられてるフォント変更とかしたんですが地味に重い作業だった)から着手。共通コンポーネントなどもあったのですが、あまり情報共有はされていなかったので addon-docs を導入してドキュメント化も進めています

Storyshots 以外のライブドキュメンテーション的な意味での Storybook の活用はどこかでシェアできる機会があったらいいなと思っています

デザインに関わらない部分でもスキーマ駆動へのお気持ち表明をしたり、GraphQL実装の手順を書いたり。「よく分からないけどこうやると動くから」みたいになっていたのをドキュメント化したりしていました。 iCARE さんはドキュメントを大事にする文化がちゃんとあるので安心してドキュメントできるのがいい所。直近では TsDoc の導入が完了した所です


あまりドメイン知識に入り込んだことはやっておらず、純粋に足回りの改善をずっとさせていただいています。スタートアップだとどうしてもプロダクト開発が最優先になってしまい、足回りの部分が後回しになりがちですが、その辺りを専任に近い形で好き勝手にやれる体制で依頼をいただけているのはすごい勇気のある判断で、本当にありがたいと思っています

株式会社Legalscapeさん

リーガルリサーチと呼ばれる法律に関する調査業務の効率化を目指すリーガルテックベンチャー

正社員8名というど真ん中スタートアップなんですが、こちらではフロントエンドの専任がいないということで、ガリガリとコードを書く仕事をさせていただいています。 Nuxt + Vue class decorator / Open API というベーシックな構成

ちょうど6月に正式ローンチされたのですが(プレスリリース)、新機能から既存機能のブラッシュアップまで、かなり広範囲に担当させていただきました。やりたいことだけが決まっていてエンジニアがそれぞれの判断でプロダクトを作り上げる学習と実装の無限ループ。ここまでのスピード感は流石に経験したことが無かったので楽しく仕事させていただいています

速度改善

コア機能に文書閲覧機能があるんですが、こちらの速度改善を担当。速度改善のためのコンポーネント分割から、データ処理のフローのオーバーホールまで、もろもろ行って誰が触っても早くなったと言ってもらえる所まで持っていきました。後述のリファクタリングと一緒にできたのもよかった

これまで読み込み時の速度改善はたくさんやってきたけれど、操作時の速度改善はあまりやる機会なかったので貯めてきた知識をフル活用できて楽しかったです。普通は API 側に制約があるもんなんですが、リーガルスケープさんはつよつよエンジニアが集っているので「これ作って欲しいです」みたいなのどんどんサーバ側で実装してくれるという快適な環境でした

リファクタリングと新規開発の同時進行

もともと 1ページ 1コンポーネントくらいの勢いで書かれていたので、上記の速度改善とパーツごとのコンポーネント化を並行して実装。また、宣言的に書かれていたデータ変換処理をリアクティブな処理に変更。ほかにも Repository パターンの実装とか Feature Toggle の集約とか、ぼくが触る前と後で別アプリケーションってくらいに改造させてもらいました

リファクタリングはそれを目的にするよりも、サービスの学習の一環としてやるのが一番効率がいい、と思っていたのでそれが実践できたのは学び

毎週変わる優先度とスクラム(?)開発

Azure DevOps → Notion Board → Linear と半年の間に 3つの issue tracker を乗り換えながら活用。変更のたびに業務の進め方が効率的になっていくのは学習スピードの早いスタートアップならではですね

つよつよエンジニアばかりなので、 CI/DI がきちんとインテグレーションされていて、 DX に関していうとこれまでのキャリアの中で最強かもしれない


正式版リリースが完了したものの、改修するべきところや新しく入れたい機能も無限にあるようで、今も引き続きバリバリコード書いてます(でも少し落ち着いた)

自己啓発的なことも一応やってます

本を読む時間はちょっと増えたんですが、予定よりもずっと少なくて積読の増加スピードがやばいです

唯一やっている自己啓発は Rust ( LT とかしました)ですが、キャリアには繋がんないですよね

他にもフリーランス期間中にやりたかったものがいくつかあるのですが、ようやく着手できるようになったかな、、、という感じ。どうしても時間の使い方がだらしなくなりがちなので自分を律しないと、、、

趣味的な話ではパーソナルトレーニング始めたり、アラビア書道始めたり、ダーツ始めたり、カホン買ったり、、、増えたり減ったりして趣味に使う時間はあんまり変わってません

まとめと宣伝

他にもちょいちょい細かいお仕事や細かくないお仕事もさせていただいています

どんな現場に行ってもそれなりに立ち上がりは早く、明確な指示やアサインがなくてもやるべきこと考えて動ける感じなので、マネージメントフリーっていうのは強みなのかな、と思っています

よく言われる「全体の20%の稼働で80%の成果をあげている」っていうのも強く感じていて、一番成果を出せる部分にフォーカスして取り組めているので、一つの組織にフルコミットするのの150%くらいのアウトプットを出せているイメージ。エンジニア個人としては達成感も感じられて成長もできているので全能感は半端ない(笑

ずっとフリーランスのつもりはないですが、今のコロナ禍で先行きが見えない状態というのもあり、もうしばらくは今の体制でゆるゆるとお仕事させていただこうと思っています

ミートアップ

株式会社iCARE さんでやった取り組みについて、7月にお話させていただく予定です

【iCARE Dev Meetup #23】ヘルスケア×HRテックSaaS Carelyを支える技術 - connpass

主に Webpacker を剥がす話でかなり網羅的に話せると思うので良かったら聞きに来てください。アフタートーク的なのもあるらしいので直接お話ししたりもできるかもです

イスラーム映画祭6の感想

2021年2月20日から2月26日にかけて開催された イスラーム映画祭6 の感想を個人的なメモをかねて残しておく

最初の3作品はお気に入り順で、それ以降は適当な順番です

個人的にペルシア書道を習い始めたということがあって、テロップや場面に出てくるアラビア文字を見るだけで謎にテンション上がりまくるという、別の楽しみ方もできたので嬉しかった

ミナは歩いてゆく/Mina Walking

アフガニスタン映画(2015)

ペルシャ書道を始めたというひいき目もあって、今回いちばんのお気に入り。なにしろロゴが最高すぎるし、劇中でも子ども達が学校で書道作品を発表したり「あぁ、こんな感じで生活に根付いているんだなぁ、、、」というのが感じられたので、ぼくももっともっと頑張っていきたい気持ちになりました

肝心の作品の方もすばらしく、超若手の無名監督(主催者の藤本さん曰く、映像学校の卒業制作だとか)が撮ったとは思えないほどのクオリティ。暗く辛い現実のアフガニスタンを、かといって悲観的になりすぎずに明るい画面作りで、ある意味クールに描きあげています

時折見せるミナの子どもらしい表情に涙腺崩壊ですよ。弟との歌のシーンがよかったなぁ

結婚式、10日前/10 Days Before the Wedding

イエメン映画(2018)

なにかを好きだって想う気持ちは本当にいとおしくて、これはそんな愛に溢れた映画です

まずなんと、イエメン初の商業映画。 ようこそ、革命シネマへ もだったけれど、アフリカという映画産業からおいていかれた地域で作られる映画には、映画が好きで好きで好きでたまらないという気持ちが溢れ出ています

また、いろんなシーンから感じられる舞台となったイエメンやアデンへの愛情。戦争のせいで街も人生もボロボロになって、パンフレットを読むとわかるようにイエメンの厳しい現実が巧みに作品の中に折り込まれているのだけれど、それらが悲しいけれどぬくもり包まれているように感じられるのは作った人たちの国や地元への愛情だと思います

もちろん、主人公二人のお互いを想い合う気持ちもとても素敵で、厳しい状況の中でもたくましく前を向いて未来を掴み取っていこうとする女性達の強さにこそ希望があるのだよね、ステキ。アフマーンは本当にいいお嫁さん見つけたもんですよ。そりゃ落ち込むけどさ、好きなんだったら前向いて頑張るしかないもんね。お幸せに!

ザ・タワー

アニメ映画(2018)

記憶は紡がれる。家族という絆の強さをあまり感じることのできない日本からみて、どちらの方が本当に幸せなのだろうと思ってしまうのは傲慢なのかな

故郷を追われて四世代という想像を絶する境遇を、それでも前向きに「希望」を受け継ぎながら、生きていくことが抵抗だとでもいうようにワルディはまっすぐ前を向いていく

こんなにも厳しい境遇でも、ひいおじいちゃんは最後、本当に幸せだったと思う

会場では本を買いそびれてしまったのだけれど、絶対買って読みます

amzn.to

私の娘の香り/Scent of My Daughter

トルコ=米=仏合作(2019)

フランス映画によくある「語るべきところを語らず、語らなくていいところでずっと長回しする」みたいな映画なのでちょっと辛いところはあるのだけれど、三人の主人公にシリアのクルド人、トルコのアルメニア人、ヨーロッパのフランス人というそれぞれの民族の現在を強く反映することで、テロリズムとはなんなのかという問いを多角的に明らかにしてくれる、前提知識は必要だけれどそれさえあれば学びはとても多い作品

中央アジア・中近東という世界の文明の交差点であるトルコの南端で、さらにその中でも(だからこそ)歴史的に迫害を受けたアルメニア人の街を舞台にすることで過去を通じて現在から未来への絶望をまなざすような作品でした

汝は二十歳で死ぬ/You Will Die At Twenty

スーダン映画(2019)

トークショーの丸山先生のお話がめちゃくちゃ面白かったです

スーダンスーフィズム中央アジアスーフィズムともまた違った感じで、イスラームといっても多様性があるんだなぁ、というのが感じられます

画面がパキッとしててかっこいいのでその辺りも見所

シェヘラザードの日記/Scheherazade's Diary

レバノンドキュメンタリー映画(2013)

ジェンダーギャップが日本以下の国、レバノンの女性刑務所でドラマセラピーを通じて女性達にフォーカスした作品

まず最初に、刑が確定していないのに収容ってどういうことなの?!?!ってなると思いますがそれは序の口で丁寧に丁寧に個人を掘り下げていきます

この作品に限らずですが、人はどこに行っても同じように同質で同じように多様なんですよね

この作品に出てくるたくさんのシェヘラザードのように、それぞれがそれぞれにイスラームであり女性であり母であり恋人であり、罪を背負いながらレバノン人として生きていくわけです。イスラーム女性なんてものはどこにも存在しないんだ。そんな当たり前のことを教えてくれる映画です

シーダ/Rachida

アルジェリア映画(2002)

これぞ、トラウマ。こんなん遭遇したらそりゃもう安穏と生きていけるわけない

トークショーアルジェリアのヨーロッパに翻弄されまくった歴史を知って悲しくなる。地中海沿いの北アフリカはとても行ってみたいエリアなのだけれど本当に厳しいよねぇ

最初から最後までずっと女性にスポットを当てた作品なので、イスラームにおける女性像の多様性っていう視点で観るのも面白いかも

痕跡 NSUナチ・アンダーグラウンドの犠牲者/Spuren - Die Opfer des NSU

ドイツのドキュメンタリー(2019)

観てください、としか言いようがない

なぜ彼らが殺されなきゃいけなかったのか、意味もなく大切な人の命を奪われてどう生きていけばいいのか

こういう境遇にされてしまった側の気持ちは間違いなく世界共通で、違うのはそうしてしまう側の問題でしかないんだよね

孤島の葬列

タイ映画(2015)

これ、トークショーを聞く前と後でまるっと見える世界が違う作品

タイの深南部(プーケット のさらに南、マレーシアとの国境地域)なんてほとんどの日本人は知らないはずなので、もし観るなら先にパンフレット読んでしまった方がいいと思います

コロナでこれまで自由に行き来できたマレーシアとの国境が封鎖された、なんて話を聞くとこういうマージナルな世界がどんどん消えてしまっていって悲しいなぁ、と感じてしまう

青い空、碧の海、真っ赤な大地/Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi

南インドマラヤーラム語映画(2013)

これは観ていないけれど公式の作品紹介へのリンクとしてメモ

長い旅

フランス=モロッコの合作映画(2004)

ちょうど道中の真ん中であるバルカン半島を旅行していたこともあって、全体的な距離感がざっくり掴めていたのだけれど、むちゃくちゃな距離ですからね

多分、各シーンとシーンの間に一週間くらい車走らせないと着かないんじゃないかな

イスラームの人にとってのハッジの大切さは昨年の「アブ・アダムの息子」でじっくりと観せてもらっていたので、いろんな意味で切ないなぁ。ラストシーンで息子の変わった姿がみられてお父ちゃんも本望だと思います

マリアの息子

イラン映画(1998)

永遠に可愛すぎる。。。子どもにとっては宗教なんて関係ないし、こういう純粋な信仰心にこそ大切なものがあるんだろうな

イラン映画は本当にどれも画面が美しすぎるので永遠に流し続けたくなりますね

アル・リサーラ/ザ・メッセージ アラブ・バージョン

デジタル・リマスター(1976-2018)

昨年観逃したアンコール上映作品。3時間半ほどの上映時間で見事にアラビア映画のベン・ハーですね

amzn.to

これを読んでないと、まぁまず意味が分からなかったと思うんですが、この本のおかげでふむふむという気持ちで見れました。というか、この本を読み直すために観たと言った方が正しいかもしれない

万人におすすめはできないですが、イスラームとはなんなのか、、、みたいなのをある程度知識として持っているとめちゃくちゃ楽しめる映画です

最後に

毎年観に来ていて思うのは、その年ごとに映画の中の明るさや雰囲気が違うということ。それだけ、状況が安定せず一進一退するような情勢なのだろうということを感じてしまいます。

このコロナの時代で移動もままならない中、気持ちだけでも世界旅行をさせてくれるようなこういう映画祭を開催してくれる主催者の藤本さんに感謝を込めて

ぼくなりの「挫折論への招待」の感想 もしくは正しい挫折のやり方

退職にあたり、読まずに貸しっぱなしだった「挫折論への招待」が戻ってきた

成長することを主題においた活動をする中で 2冊目に「挫折」を扱うセンスの良さと、自分自身の振り返りにもとても役に立ったので、感想に変えて自身の挫折論を考えてみたい

挫折とは「諦める」こと

もう少し掘り下げると「諦めたくなかったがなんらかの理由で諦めるしかなかった」ことかな、と思う

人はどう挫折するか

この本は挫折と向き合う本だ。そしてそれはだいたいこういうプロセスで行われる

  1. なにかに取り組んでいる
  2. 様々な理由があり取り組みがうまくいかなくなる
  3. ある時、これは「挫折だ」と気づく
  4. 挫折を受け入れて、これまでの行動を変える
  5. これまでの自分とは違うなにかに成長する

ここで重要なのは 3 の「挫折に気づく」というプロセスだ

人はあまり挫折を覚えていない

ここで自分に「挫折したことはあるか?」と問うてみてほしい

最初は思い当たらず、しばらく記憶をたどる中でなにかのエピソードに対して「あれは挫折だったかも?」と感じ始め、そのエピソードを思い出すうちに「あぁ、確かにあれは挫折だった」と確信する。そんな感じじゃないだろうか?

なぜなら挫折とは、挫折と認識できた時点で、気持ちの折り合いがついているものだからだ

  • 挫折は気づくまで挫折ではない
  • 挫折と気づけた時点で第三の道を探すしかない

逃げるにしろ、ギブアップの声をあげるにしろ、スコープアウトするにしろ今日と違う明日が来る。そして最悪だった今日までよりは明日は確実にいい日なのだ(挫折というトゲが心をチクチク刺すとしても)

挫折をしない方法

挫折できるのは自分だけである

ギャンブラーは挫折をしない。どんなに負けていても次のコインで逆転するかもしれないという希望を持っている。それは周りから見たら確実な破滅であったとしても、挫折ではない

交際相手にフラれた後もヨリを戻せるかもしれないと想い続ければそれは挫折にはならない

どうしようもない最悪の状況の中、後悔や責任感で頭の中がぐるぐるしながらも、もしかしたらなんとかする方法があるかもしれない、と足掻き続ける。そうすれば挫折をする必要はない。もしかしたら、天変地異のようなまったく別の理由で状況がまっさらになるかもしれない

正しい挫折のやり方

こんなように避ける方法がいろいろあったとしても挫折する羽目になるというのは、このまま進んでも絶対に良くなることは無い。確実に悪くなる、という状況だ。そんな中、挫折を認めて白旗をあげる、それは辛い。追い詰められていて正常な状況判断ができないだろう。認知的不協和もあなたの挫折の邪魔をする

そんな厳しい状況に対しての対処方法はこの本にしっかり書いてある。そして、そこまで自分を追い込むような真面目な人であれば、間違いなく挫折を通して成長に結び付けられるだろう

なにしろ他に打つ手がないのだ、死ぬ前に白旗をあげて欲しい

もう一つの正しい挫折

上で述べたのは、第三者からみてもわかるくらい厳しい状況に対しての挫折の仕方だが、ぼくがもっと大切だと思うのは「緩慢な悪い状況に対しての挫折」である。言い換えれば、破滅的な状況でも挫折しない事を選び続ける(そしてそれができてしまう)という状況においていかに諦めるのかということである

あくまで挫折というのは自己認識なので、辛い状況から逃げたとしても 自分が挫折だと認めなければそれは挫折にはならない 。たとえ、挫折をする方が確実に状況は改善するとしてもだ

挫折を認めなければダメージは受けないが同時に成功体験を味わうチャンスも捨ててしまっている。人間は辛い記憶はポジティブな記憶で上書きする生き物なので、挫折を認めてそれよりマシな次の日を迎えればそれを成功体験として認識することができる

これを裏返していえば 挫折をせずに状況が改善すると認知と実態にズレが発生 してしまう

辛い状況に対して向き合うのではなく、受容して耐える事で解決するという成功体験を積んでしまうと、その振る舞いを正しいものと学習して繰り返してしまう。また、心の奥底ではうまくいっていないと感じている場合が多いので、それも含め、この緩慢な辛さは徐々にメンタルを蝕んでいくだろう

正しく挫折する

なぜこの本がぼくに響いたのかというと、ちょうど退職をしたタイミングで自分の失敗から目を背けていた自分に気づいたからだ。ポジティブであろうとしすぎるあまり、失敗を認めようとしていなかった。やるべきだけどやりきれなかったことに対して、それは挫折だったのだな、と気づくことができた

  • ぼくには不得意なことがある、だから得意な事をやれる場所に行こう
  • ぼくには限界がある、だから無茶をせずに限界を意識して成長していこう
  • ぼくにはできないことがある、だからぼくなりのやり方をみつけよう

諦めと挫折の違い

挫折していない人でもたくさんのものを諦めて来たはずだ。そのどれもが挫折というわけではないだろう。しかし、 自分に選択権のなかった諦め に対しては正しく「挫折だ」と認識してほしい。それは自分の能力不足も含めて、だ

もしこれを読んでいるあなたが、挫折せずに何かから逃げた過去があるなら思い出して「あぁ、あれは挫折だったのだなぁ」と気づいて欲しい。人生は続くし、明日は絶対に今日と違う日だから

最後に

ここまで「挫折をしよう」という事を書いてきたが、挫折は辛いし受けるダメージも大きい(究極の挫折は自死だ)。少しでもダメージを軽減したり、より成長につなげるためにできることはいろいろある。それが書いてあるのがこの「挫折論への招待」なので、ぜひ買って読んでみてほしい

創ることの楽しさと Design Matters Pop-up Tokyo

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Diana the Dino

ミッケラーの打ち上げまで行って、楽しすぎたのでその勢いで書く

色々とまとめようかと思っていたけれど、ミッケラーで BBC の David が言っていた「デザイナーであって本当に幸せだよ。なぜならこんなに大好きな事を仕事にできるから。そしてこの時間を一緒にシェアできるこの瞬間に感謝!」という言葉がすべてで、いろんなもやもやが吹っ飛ばしてくれたこの最高のカンファレンスの大切なエッセンスがみんな詰まっていると思う

発表したみんな、誰もが素晴らしいバックグラウンドを持った世界トップレベルのデザイナーなのだけれど、単純に物を創り出すことが楽しくて、それを通して誰かを笑顔にしたいだけなんだ。そんな気持ちが溢れ出るような内容ばかり。だって、みんなステージの上で最高の笑顔なのだもの

ちょっと固い事を言うと、自分が知っているデザインカンファレンスはどうしてもお悩み相談や事例のシェアになりがちで、笑顔が溢れるような会って中々なくって、正直、それってデザイナーがやるべき事なの?と思ってしまう

単純にイケてるなにかを創り上げたい。それをみんなとシェアしたい。それが誰かの笑顔になって欲しい。どんな役割のデザイナーであってもそれが一番大事じゃないかな、、、というのを、「そうだそうだ!」と世界のトップレベルのデザイナーたちが目の前で言ってくれた感じがして、本当に気持ちが明るくなりました


ここから先は蛇足にしかならないけれど、自分に響いた瞬間のいくつかをシェアしたい

Bang & Olufsen / Micheal König がプロトタイプを使って最高のラグジュアリープロダクトを創り上げて行くクラフトマンシップ

Designit / Kay Jiahui Zhou のデザイナーこそがデザイナーの再定義をしなければいけないという課題感から、物を創ることでどんなレイヤーであってもデザイナーであり続けられるころを示してくれた瞬間

DropBox / Michelle Morrison の Culture is Promise to your stuff というメッセージを通して、なぜカルチャーが大切なのか再認識できた事

Figma / Yuhki Yamashita のワークショップで本当のカオスなコラボレーションから自分たちが想像もできなかったクリエイティビティが生まれた瞬間


さて、自分も心機一転物作りを頑張っていこう!

知って活かせる グラフィックデザインの歴史 メモ

2019/11/13 に受講した 新宿・代々木の「知って活かせる グラフィックデザインの歴史」by 佐藤 好彦 | ストアカ のメモ

知識は教養で、教養というのは大事だなぁ、と思うなど 佐藤先生の以下のコメントあたりにとてもインスパイアされた

「デザイン史を動かすのは社会状況、技術的変化(メディア、製作技術)、美意識の変化」

「デザインは同時代を生きる人との共同作業」

「デザインの手元化=主体が技術の進化で職人からデザイナーに、さらに個人に移っていっている」みたいな話

イメージ

人物

書籍

UXデザインをやらないエンジニアがなぜ UXデザインを大学で学び、なにを得たのか

これは2015年度履修生の大谷による 産技大人間中心デザインOB/OG Advent Calendar 2018 - Adventar20日目の記事です。
今年の 11月に、同学のユーザビリティテスト演習にメンターとして参加した際に現役生のみんなから聞かれたので自分の中でも明確にしておこうと書いてみます。

やってないの?

元々はフロントエンドエンジニアで今はアプリエンジニアで10代〜20代の女性向けアプリを作っています。開発側のPMとして機能設計とかIxDとかプロダクト設計とかUIのレビューとかジャッジとか一通りやってます。逆にいわゆる UXデザィナー と言われて想像するような UTの設計やサービスデザイン的なことはやっていません。

なぜ学んだのか

同じ会社の先輩が通って実際に授業の内容を仕事で活かしていたのを見たのが直接のきっかけです。
その時に UXデザインの片鱗には触れたんですが、その後のにバズワードとしての「UXデザイン」が流行ってきた時になんか違うぞ?と感じて、これは一度ちゃんと学ばないと!という思いから受講を決めました。
当時は SEO なんかをやっていたのですが、 SEO って UXデザインじゃね?って Google も言っていました。ちょうど色々な職種が暗黙知で持っていたナレッジに対して UXデザインという名前で掘り起こしをしていたタイミングだったのかなぁ、と思い返すと思えてきますね。

学んで役に立っていること

同じ事を考えている仲間たちと出会えた事

こんなにも熱量を持ってワークに取り組むチームってそれまでの仕事ではなかったんですよね。 利害関係がないので、「良いアウトプットを出す」ということに 100% 振ったチームと半年過ごすというのはここだけだし、それを理想像として体感していると、職務での自分のチームをどうやってそこに持って行こうか、、、みたいな事を考えたりできるので本当に良い体験でした。

また、先生方含め同輩、先輩、後輩、みんな近しい業界にいて課題をもって悩みながら仕事や個人活動をしているのを見るのはとても素晴らしいロールモデルになるし、そんな人たちが(自分も含め)色々なところでコラボレーションが発生していのは本当に楽しいですよね。もちろんただただくっちゃべって飲んだくれてる仲間もいて、すごく背中を支えてもらえている感があります。 Web業界良いなぁって(割)

ユーザーを中心に考えることがすべての行動の起点になっていること

エンジニアとしていろんな人と話すタイミングはまぁ普通にあるんですが、結構発生するんですよね。空中戦が。
その時に、「まずユーザーを考える」という所作が身についていると、議論をテーブルに引き戻しやすくなります。

また、他の部署と会話するときも、それぞれ各部署がプロフェッショナルな訳ですが、「ユーザーにとってどういうことですか?」という話をする事で、同じ目線でイシューに向かう事ができます。

関係者もユーザーとして設計できるようになったこと

どんなシステムにも社内のユーザーがいる訳です。コンテンツを更新するのもユーザーだし、事業計画をたてるマネージャーもユーザーです。
全員をユーザーとしてプロダクト開発をデザインする事で、プロダクト単体でできることよりもずっと広い可能性の中で開発できるようになった気がします。

また、開発をしていると「やらない事」を決めるのって大事なんですが、社内の全員をユーザーにすえるとその判断だけで無限に時間がかかります。
その前に各部署をペルソナのように扱って、ターゲットユーザーを設定する事で「なにをやらないか」の判断がしやすくなります。
「Aさんがやって欲しいって言ったけど、優先度あげられないなぁ」から「その機能はユーザーがいない(ターゲットではない)からやらないことにしよう」って感じで判断すれば良いわけです。

ストーリーで物事を考えることができるようになったこと

これは本当に大きいんですが、技術やビジネス、マーケティング起点でなにかを実装するという話になると、機能単位での設計が始まり、最終的にチグハグなものができがちです。
ストーリーとコンテクストというものをみっちりと叩き込まれたおかげで、「機能要件からストーリーを構築する」「ストーリーからビジネス要件を検証する」「マーケティングが欲しいものをストーリーで整理する」みたいなことがスムーズにできるようになって、確信をもって仕事を進める事ができています。

実装した機能が使われなかった時にも「なにが悪かったんだろう?」という風に雲をつかむような所から始めずとも「ストーリーが間違っていたのか?ストーリーの実現方法が間違っていたのか?」とすぐ次のアクションを始められますね。

UXデザインはクリエイティブの先を照らすライトになる

思い返してみると 所作 が身について確信をもって仕事ができるようになった、というのが一番大きいのかな。
不確実な中でなにかを進める時に少しでも遠くまで光を照らしてくれるライトを手に入れる事ができたのかもしれません。

基礎からしっかりと、しかも160時間もかけて積み重ねを学ぶって、なかなか社会人になったらできないですよね。
明日から役にたつ講座ってたくさんあるとは思うんですが、一万時間の法則とか言うように反射神経レベルでなにかを身につけるには大学というスキームは本当に素晴らしいと思います。

実務ではいわゆるメソッドは使っていない訳ですけど、普通に仕事をしているといくらでも役に立つ機会はくる訳です。その時にメソッドだけを学んだ人と所作を身につけている人ではとっさに使えるかはぜんぜん違うと思うんですよね。
というか、人の活動ってかならず「だれか」という対象がいるわけで、 UXデザインを正しく学ぶ事、それを自分の日々の業務に活かしていく事、、、ってのは当たり前なのだと思います。

UX デザイナーか?と聞かれると NO と答えます。でも「良いサービスを作れていますか?」と聞かれたら自信を持って YES を答えられます。